2012/12/28

2012 BEST ALBUMS

さて!
私が選んだ、今年のベストアルバム15選です(半端な数でスマン)。
当たり前だけど、本当に聴いたモノを厳選したつもり。
(各タイトルに貼られているリンクは iTunes/amazon/フリーDLリンクのどれかです。日本のiTunesで購入できないもの&国内盤が発表されているものはamazonのリンクに飛びます。また3作目の作品にはリンクが貼られていませんが、これはオフィシャルDLサイトのリンクが期限切れのため。もし聴きたい方はご自身でDLリンクをググってみて下さい)

スクールボーイ・Q (Schoolboy Q) 『Habits&Contradictions』
 
INSIDE OUTの放送でもこの作品を一位に選ばせて頂いたので、言わずもがな、と。
自身の「ギャングスタの美学」を粋に、そして随所に洒落た部分を散りばめながらラップするスクールボーイに夢中でした。今年は色んなラッパーが<ピル>というフレーズを用いていて、私は勝手に<ピル・ラップ>という名称をつけていたんだけど(笑)、中でも彼のブッ飛び具合がハンパじゃなかった。
(※ピル=錠剤。楽しく飛んじゃうおクスリのこと。AKLOの"Red Pill"はまた違った意味ですが)
はちゃめちゃなパーティーの様子から、危険な香りのする裏路地までをもリアルに、そしてシニカルにラップするスキルはかなり新人離れしていて、これからのキャリアも本当に楽しみ。クールの一言に尽きる作品かと。ゲストで参加していたラッパー陣も、それぞれの個性が十二分に引き出されていてよかった。ジャケット写真はモノクロながら、その中身からはめちゃめちゃ鮮やかな色彩を感じました。

ケンドリック・ラマー (Kendrick Lamar) 『good kid, M.A.A.D City』
Kendrick Lamar good kid maad city deluxe
散々各方面で絶賛されているので、もう充分でしょう。私小説のような、青春映画のような素晴らしいアルバム。詳しくはYAPPARI HIPHOPの解説も読んでみて下さい。
Qタンしかり、今年はTDE/Black Hippyの勢力がハンパ無かったね。
Dr.ドレーから、「ウエスト・コーストの王冠」を渡されたケンドリック。
以下、私が某ファッション誌に寄稿したレヴュー文を一部改訂して掲載します。
 「従来のギャングスタ・ラップを覆す姿勢が根底にあるも、説教臭く聴こえないのは彼の豊かな表現力とリリシズムによるもの。下らないユーモア・センスや巧みな比喩を用い、等身大のストリートをラップする様はまさに在りし日の2パックをも思わせるほど。西海岸ヒップホップの地図を塗り替えた、歴史的名盤だ。」
また、彼のようなHIPHOPアクトが成功するようになったのもまた、時代の移り変わりなのかな、と強く感じた。これこそが、時代が求めているラップなのだと思うと、またちょっと捉え方が変わったり。高級車に女に金…ハリボテで作られたような、豪勢な夢をHIPHOPに求める時代はひとまず終了したのかなとも思います。

ダスティン・プリスティッジ (Dustin Prestige) 『PLAID』
Dustin-Prestige — Plaid (Mixtape)
誰!?って感じですかね。テキサス州はヒューストンのニューカマー、ダスティン・プリスティッジです。
バン・Bとザ・ルーツを融合させたような、暗いけどブットい、生音感あふれるサウンドが魅力的。おまけに、そのボディも魅力的。往来のクラシック・ヒューストンHIPHOPをこんな風に料理するラッパーが出てきたことに、とても興奮しました。
彼の作品はデザインも凝っていて一連のアートワークもかわいいので、ファッション好きな方もビビっと来るかもね。タイトルの「プレイド」も、「プレイド・チェック」というチェック柄から来ているのでしょう。アルバム通しての完成度も高く、ヤミツキになってかなり聴いてました。今の時点で、これだけコダワリを見せてくれているダスティン。この先、どんな成長を遂げるのか(もしくはこのまま消えちゃうのか!?)とても楽しみです。


ビッグ・ボーイ (Big Boi) 『Vicious Lies And Dangerous Rumor』
File:Big Boi VLADR.JPG
かなり楽しみにしていたビッグ・ボーイ(アウトキャスト)のセカンド・ソロ作。
アトランタのヴェテランだけれど、製作陣にサイ・ファイヤーやザ・フラッシュ、ファントグラムら若い才能をバシバシ投入し、それでもなお、自分の打ち出したいサウンドを120%創りだしているプロデュース能力に感服(もちろん、旧知の仲であるダンジョン・ファミリーの面々も多数参加)。オーガナイズド・ノイズのプロデュースでビッグ・ボーイがエイサップ・ロッキーを招いてラップする"Lines"なんて、まじで待ち望んだ展開杉です。 欲を言えば、ジャネル・モネイにも参加してもらいたかったです。あと、前作ではコーラスで参加していたジョイ(Joi)もね。ともあれ、めちゃめちゃ濃度の高いファンク・ヒップホップ・アルバムです。アトランタを代表する、後輩格のスターラッパーT.I.とリュダクリスを迎えた"In The A"も、お決まりチューンって感じだけど、これがまた堪らない。T.I.は先日発表されたアルバム『Trouble Man』もよかったです。完全復活だね。

トリニダッド・ジェイムズ (Trinidad Jame$) 『Don't Be S.A.F.E』
Dont Be S.A.F.E. cover art
コチラも言うことなし!通称、鳥J君です。
8月にリリースされたこのデビュー・ミックステープ。なぜか"All Gold Everything"が超気になって、INSIDE OUTでも紹介させてもらったんですが、その後スグ、10月初旬に"All Gold〜”のPVがリリースに。鳥J君にとっては、これが初めてちゃんと撮ったPVなんですよね。 あれよあれよと全米規模で火が着き、にゃんとと11月にはDef Jamと契約。
しかもびっくりすることに、"All Gold〜”は1ヴァースしかないんだよね。わずか1ヴァースのヒットでDef Jamとの契約を手にした男…。ほんとに半端無いっす。
このミクステに収録さている楽曲も、途中で終わっていたり、変則的なビートがあったりと、ミックステープとしての完成度はそこまで高くないのだけど、音楽を通して何か表現してやりたい!という鳥J君の熱量がすごく伝わってくる作品です。ジャケットは黒いバックなんだけど、自前のセットなのか、よく見るとバックの黒スクリーンの布がヨレヨレなのが、さすがの鳥Jクオリティ。
たとえワンヒット・ワンダーになろうとも、彼のことはこの先ずっと見つめていきたいです。彼をはじめ、今年の若手ATLシーンにもドキドキさせられっぱなしだったな。マイコー・モンタナの"Do It"なんてフロア・ヒットもあったしね。


フラットブッシュ・ゾンビーズ (Flatbush ZOMBiES) 『D.R.U.G.S』
これまた、夏によく聴いた一枚。正月早々に発表された彼らのファースト・シングルにしてファーストPV、"Thug Wuffle"も、年間通してかなりヘヴィロテでした。
 ミーチ・イズ・デッドとゾンビ・ジュースの二人のMCに加え、途中からメイン・プロデューサーであり、自身もラップするエリック・アーク・エリオットも第三のメンバーとして参加。エリックの作るビートも、独特なベース音が癖になります。
ちなみにこのミクステ収録曲の中でお気に入りなのが、オベイ・シティ(Oey City)プロデュースの"YBA"って曲。エリックもラップで参加してるよ。この曲は『D.R.U.G.S』を作るにあたって、一番最初にレコーディングした曲なんだって。2011年に収録したとか。だからちょっと雰囲気が違うのか。
とにかく、彼らを知って、ますます「おおお!NYのダウンタウンがYBAいコトになっとるやんけ!」と感じさせられたんですね。2012年、リマーカブルなユニットでした。
また、彼らのユニット名でもある「フラットブッシュ」はNY・ブルックリンの地名。今年はこの辺りのエリアがとにかく激アツで、ティーンエイジのジョーイ・バッドアス(Joey Bad$$)も、このフラットブッシュ出身。彼のミクステ『1999』も素晴らしかったですね。RIPキャピタル・スティーズ。

SL・ジョーンズ (SL Jones) 『Paraphernalia』
Paraphernalia cover art
2012年にモリモリとその勢いを見せたカントリー・ラップシーン。
中でも、アーカンソー州出身のSL・ジョーンズによる、この作品をよく聴いておりました。加えて、カントリー・ラップシーンの立役者でもあるプロデューサー、DJバーン・ワンの素晴らしさにも気づかされた一枚。酩酊感のあるラップとトラック、そしてイチイチ危なっかしいリリックの内容にもドキドキしながら聴いた。シングルになった曲も素晴らしいけど、これはぜひミックステープ全編を通して聴いてみてください。
ちなみに、このミクステはジャケットもかなり好き。

ビッグ・クリット(Big K.R.I.T) 『4Eva N a Day』
http://cdn.stereogum.com/files/2012/03/Big-K.R.I.T.-4Eva-N-A-Day.jpg
そして、カントリー・ラップといえば彼、ビッグ・クリットを忘れてはならんでしょう。本作は、INSIDE OUTでもHIPHOP HYPE!の中の人が<2012年ベスト>に選んでおりましたが、2010年に発表された彼のファースト・ミクステ『KRIT Wuz Here』 から聴いているリスナーにとっては、今年のカントリー・ラップ的潮流は、かなり「待ち望んだ展開」だったのではないでしょうか。アトランタの泥臭さとヒューストンのブルージーさやズル剥け感をいいとこ取りしたようなカントリー・ラップのサウンドは、私も相当ツボでした。
ほんと、クリットさんはセンスも人選も間違いないので、カントリー・ラップとは何ぞや?とお思いの方も、入門編として聴いてみて欲しいと思います。彼は今年、Def Jamからメジャーデビュー・アルバム『Live from the Underground』をリリース(祝!)したけど、こちらは過去の既発曲もいくつか含まれているので、ミクステの方を選びました。

エンジェル・ヘイズ (Angel Haze) 『Reservation』
彼女についてはこちらの前記事を。
繰り返しになりますが、今年はフィメールMC達のミックステープも良作だった。その中でも、とくに「聞かせるラップ」をしているのがこのエンジェル・ヘイズ。特に、ロウなテイストの"Wicked Moon ft. Nichole Wray"って曲が、エンジェルの雰囲気をよく表しているようでお気に入りです。彼女のようなタイプは、聴いていて痛々しくなってしまうこともあるのですが、このまま自分の姿勢を貫いてアーティスト活動を継続してくれればな、と。
無理して走り続けて失速して欲しくないので、そっと見守りたいタイプ。
ちなみに、元ダス・レイシストのクール・ADもゲスト参加していて、いい味出してます。

ヒームス (Heems) 『Wild Water Kingdom』
wwk
 a.k.a ヒーマンシュー。
今年、あっさりと(?)解散してしまったダス・レイシスト。ニューヨーク出身の異色ヒップホップ・トリオ、つうことで好きだったんだけどな。その中でも、客演含め特に個性が強いのがこのヒームス。彼は今年、もう一枚『Nehru Jackets』というソロ・ミクステも発表していて、こちらもかなり良作なんだけど、サウンド面においては『WWK』のがイケてるかな、と思い選出しました。
個人的な今年のベスト・プロデューサーはハリー・フロウド(Harry Fraud。ラ・ムシカ!)なんだけど、この『WWK』では、そのハリーの器用さ&変態さも充分に楽しめる一枚。
他にも、ビューティフル・ルーやLE1Fやクルッカーズまでも参加してるし、何でもアリ感が満載で素晴らしいです。
「ドラッグだけはダメ、絶対!」とか言うスキットを入れておきながら、「俺には今すぐ第三のアレが必要なんだよォ〜。酒とクサ、そして第三のアレ(=コカイン)がァ〜」とのたまう"Third Thing"は必聴。ほんと、ナンセンスなんだけど、クセになるんだよね。
何も考えたくない、帰宅時の通勤電車内でよく聴きました。

ドゥービーズィー (Doughbeezy)『Bluemagic』
去年から今年にかけてブレイクしたヒューストンの新星、カーコ・バングズ。このドゥービーズィーは、そのカーコにも多くフックアップされているフレッシュなヒューストン・ラッパーです。今年発表されたカーコのミクステ二作、『Progression 2: A Young Texas Playa』『Procrastination Kills 4』も良作でしたが、このドゥービーズィーの作品の方が荒削りな魅力があって個人的にはツボでした。 カコたんの、とくに『Procrastination〜』はサウンドが奇麗にまとまりすぎている感もあって、このドゥービーズィーのがかっこよく聴こえた。スリム・サグやバン・Bら、ヒューストンのお馴染みなヴェテラン製もばっちり参加。ドゥー君自身も、カミリオネアの新シングルにもフィーチャーされてたし、これからも地道に頑張っていってほしいな、と。ちなみにミクステ収録曲で一番好きなのは、キラ・カイリイオンをフィーチャーした"Fuck You"って曲。イラっとしたときに聴いて、フックを熱唱したものです。
さっき紹介したダスティンもそうだけど、今年はアトランタ同様、ヒューストンのアンダーグラウンド・シーンもかなりアツかったです。デロ(Delo)の『Hood Politics 3』も相当かっこよかった。これまでと違う潮流のMC達が多く出てきていると感じます。かなりワクワクさせられますね。

キロ・キッシュ(Kilo Kish) 『Homeschool』
キロ・キッシュタソに関してもこちらを…。 もともと、フィメールMCは喧嘩っ早いタイプの方が好きなのですが、猛暑の中、このキロ・キッシュの清涼感&浮遊感溢れるミクステを聴くと気持ちが落ち着く様でした。セットでよく聴いていたのは、シカゴのR&Bシンガー(と言っていいものか?)、ナイロ(Nylo)の 『Memories Speak』。さっき、フラットブッシュ・ゾンビーズの項でも書きましたが、彼女もまた、ブルックリンの「イマ」の面白さを体現するアーティストとして見守っていきたいです。

2チェインズ (2Chainz) 『Based On A T.R.U Story』
これもまた、文句ナシなんでは。<シングル一発ヒット→メジャーディール獲得→メジャー・アルバム発売>までの経路とスピードがどんどんと変則化していくなか、この2チェインズはかなり上手いことプロジェクトが進んだ一例なのでは、と思います。もともと、ジョージア州はコリパークことカレッジ・パーク出身のラップ・グループ、プレイヤーズ・サークル(Playaz Circle)の一員としてデビューした2チェインズ(当時はティティ・ボーイ)。その後、ソロ・ミクステが好評を博し、あれよあれよという間に客演王に。2チェインズの絶好調っぷりを象徴しているのが、カニエ率いるG.O.O.D Musicのコンピ作のリード・シングル"Mercy"への参加だったんじゃないかなと。カニエ、ビッグ・ショーン、プッシャ・Tに並んで、非レーベルメンバーの2チェンズが参加出来たということは、それだけ彼に個性があるからということでしょう。
 ちなみにこのアルバム『Based〜』は次回グラミー賞の<ベスト・ラップアルバム>にノミネートされておりますので、このまま2チェインズさんには自身の上昇気流をぐんぐん上げていってほしいと思っております。アルバム全編に散りばめられた分かりやすいスワッグ自慢は、聴いていてスカっとしました。

フューチャー(Future) 『PLUTO』
File:Future - Pluto.jpg
ダンジョン・ファミリー、次世代直系の血筋を受け継ぐ存在であるフューチャー。
(※ダンジョン・ファミリーとはアトランタのヒップホップ・シーンを黎明期から支えてきたプロデューサー集団。簡単に言うと)
一枚のアルバムにオーガナイズド・ノイズとマイク・ウィル・メイドイットが参加してる新人ラッパーのアルバムなんてマジで嬉しいんすけど…。そうそう、若きプロデューサー、マイク・ウィルの才能が遺憾なく発揮された佳作でもありますよね。"Tony Montana”や"Same Damn Time"といったフロア・バンギンチューンと同じくらい、フューチャーが断末魔のように歌う"Turn On The Lights"への人気も高かったように思います。
ロイドリル・ウェインのビートジャックもよかったし)そんな変則球ポイントにも、フューチャーの器用さとクリエイティヴィティの高さを感じました。
フューチャー兄貴、リアーナの最新アルバム『Unapologetic』にもフィーチャーされたくらいだし、2013年以降もこのまま突っ走ってほしいです。

エイサップ・モブ(A$AP MOB) 『Load$ Never Worry』
クルーコンピ系の作品は除外しようと思っていたんだけど、やはりコレはよく聴いたのでピックしました。世界中のヘッズからの期待値もとんでもなく高かったし、ネット上で発表されるや否や、用意されていた回線がパンク。いくつものウェブサイトが<Fast Link>つって、あらゆるDLリンクを増やしまくっていたのが印象的。そんなミックステープ、覚えてる限りだとこの『Load$ Never Worry』しか無かったもの。リード・シングルとして発表された、フラットブッシュ・ゾンビーズとの"bath Salt"も相当キてた。
加えて、個人的に今年のASAP MVPはエイサップ・ファーグ(ASAP FERG)。彼の"Work"も、今年を象徴するシングルだったなー。私だけかもしれんが。鳥J君のNY公演のとき、ASAP連中が出てきて一曲目もこの"Work"だったしね(PVも相当かっこよかった!)。エイサップ・モブ繋がりでは、INSIDE OUTでも紹介したラティーノMC、ボデガ・バムズ(Bodega Mamz)『Strictly 4 my P.A.P.I.Z』もめっちゃ聴いた。久々にヒスパニック系MCの鋭さを感じるミクステだったな。


なんか忘れているような気もするけど、以上です!何かの参考になれば〜。
それでは皆様、よいお年を!


FEMALE MEANS MORE

いやはや、ほんと、今年はフィメールMCの当たり年だったかなと思います。
アゼリア・バンクスもブレイクしてユニヴァーサルと契約したり、クレイちゃんことクレイショーンも無事SONYからアルバムが発売されたり(対訳&解説やってます)カナダ出身のハニー・コカイン a.k.a ハニコカちゃんもナイスなミクステを発表したり(このコは事故に巻き込まれることも多かったけど…)、とエキサイティングな一年でした。

ハニコカ(むしろハニコ)は、常にエイジャン・ビッチをレペゼンしていて、彼女の楽曲は聴いていてスカっとすることも多かったな。
※ハニコはカンボジア出身。家族とともに移民としてカナダのトロントに移ったそう。そして(当然だけど)英語は彼女の母語ではないとのこと。「英語を喋る前から2パックを聴いていた」とのことで、第二外国語でラップしてすごいなー、と思いました。

カワユスハニコ。


そして、中でもエキサイティングだったのはNYを拠点に活動するこの二組のフィメールMC達。

一人はキロ・キッシュ。

OFF THE HOOK! vol.1 Kilo Kish

彼女はフロリダのオーランド出身。幼年期にニュージャージー州に引っ越して、18歳のときに奨学金を得てブルックリンにあるプラット・インスティチュートという美術学校に通うこととなる(ここの卒業生にはパティ・スミスやベッツィー・ジョンソンの名前も)。
ちなみにキロが小学生のときに組んでいたコーラス・グループの名前は<ディアンジェルズ(D'Angelz)>というらしい。カワユス。
NYでいくつかのバイトを掛け持ちしながら生活を送っていたキロ。その中でも「Miss Lily's」というレストランでは二度、カニエ・ウエストに遭遇したとか。そんな中、歌手デビューよりも先に、リーバイスのキャンペーン広告にてモデル・デビューを果たす。ここからキロの「インダストリー・ライフ」が幕を開ける。
やがて、後にグループ<KKK>を組むこととなるスマッシュとともに、初めてのレコーディングを慣行。コレがその曲、"oooNiggaOoo"だ。
このときはジョーク感覚だったキロだが、段々とそのジョークがマジになっていく。
ちなみに彼女のステージ・ネームを<キロ・キッシュ>と改めたのもこの頃で、ともに楽曲制作をするスマッシュとJ・スコットがアトランタ出身ということから、同じアトランタのヴェテラン・ラッパー、キロ・アリが由来になってるらしい。まさかw(彼女の本名は、ラキーシャ・ロビンソンという。キーシャ=キッシュ、ってことなんだね)
そして、この後、ジ・インターネット(The Internet)のマットとともに楽曲制作を始めることに。
今年の1月(デジタル盤は先駆けて2011年12月に発表)にリリースされた、ジ・インターネットのアルバム『Purple Naked Ladies』でもその存在感を見せつけていたキロだけど、キロちゃんの待望のソロ・デビューミクステ『Homeschool EP』が2012年4月に発表される。

Kilo Kish - Homeschool EP

ジ・インターネットのシド(オッド・フューチャー)とマットが大半の曲をプロデュースしたこのEP、ジ・インターネットの作風が好きな方は絶対に気に入るはず。浮遊感漂うキロのラップ(というよりはポエトリー・リーディングに近いけど)は、そのメランコリックなリリックとフューチャリスティック&チルなサウンドも相まって、不思議な立体感を見せる。今年の暑い夏、このミックステープは相当聴いた。
そんなキロは、今年、チャイルディッシュ・ガンビーノやフラットブッシュ・ゾンビーズら、同じくニューヨーク(ロウワー・イースト・サイドからブルックリン)を拠点とするラッパー達のミックステープにも参加。ASAP連中とも仲良くつるんでおります。
自らのスタイルを「sing-y, talk-y, rap-y(歌ってるっぽくて、お喋りっぽくて、ラップしてるっぽい)」と形容しているキロだけど、まあ、確かにそんな感じです。
最近はライブやツアー活動に勤しんでいるようだけど、更なるブレイク・ポイントがあればなと思う。
個人的にも好きなブルックリンの「イマ」を表現するアーティストとして見守っていきたいなと。

余談でもありますが、キロと同じく「はずみでラップを始めてミックステープを出したら意外と評判よくてフロリダからNYに来ちゃった」フィメールMCがもう一人、キティ・プライドちゃんです。彼女はフロリダのクレアーズでバイトしてた経歴の持ち主(しかも結構最近まで)なんだけど、まさにクレアーズ!て感じの彼女のPVもナイスw。ふわふわしてるけど、NYのライブではMFドゥームのトラックでラップしたり、プロデューサーにはビューティフル・ルーが参加してたりと、尖ったこともやれるコです。



長くなってすません。

もう一人がこちら、エンジェル・ヘイズ。

 

彼女の出現にはびっくりしました。
痛いことは痛いと言う、そんな女性です。
そんなの、誰だって出来るじゃんよ、と思いますが、振り返りたくない、辛い過去の出来事を自分の言葉でリアルにラップ出来るフィメール・ラッパーってそんなにいなかったんじゃないかなと思う。
彼女の場合は特に壮絶で、母親がカルト宗教にハマってしまい、親子ともどもホームレス状態で住まいを転々とした、とか、小さな頃から無理矢理性的虐待を受けていた、とか、そんな過去なんですね。事実、彼女は少女の頃から神経を病んでしまい、強い自己嫌悪や自殺願望に苦しみ、摂食障害にまで及んだとか。
(ちなみにがカルト宗教で苦しい思いをしてきているのを身近で見ているため、エンジェルは無神論者。「神を信じるのは自由だけど、それに言い訳に依存しすぎるなんてバカらしい」とは彼女の弁)
そんな彼女がラップを始めたきっかけは、自分の心のセラピーとして。書き始めた詩は段々とラップのリリックになり、エンジェルは社会的なメッセージを含んだラップをYouTubeにアップするようになる。
現在、21歳のヘイズだけど、彼女が音楽の道に進もうと決めたのは17歳のとき。様々なビートジャック楽曲をネットに上げ続け(しかもかなり挑発的!)、そうしているうちに、マネージャーとなる男性、リロイと出会う。やがて、音楽活動の場を求めて母親とともに住んでいたヴァージニアを離れてニューヨークへ引っ越すことに。その後、今年の夏にミックステープ『Reservation』をリリース。

Angel Haze - Reservation

 Angel Haze - Reservation Cover

Pitchforkや2DopeBoyzなどのネット・メディアにも絶賛され、今年の11月、ユニヴァーサル参加のリパブリック・レコーズと契約を結ぶ(同レーベルにはかつて、エイミー・ワインハウスも所属)、と、とんとん拍子に見えるキャリアだ。
そもそも、「ラップ・ミュージックなんて全部過剰で全部同じことの繰り返し」と言うエンジェル。尊敬しているラップ・アーティストはエミネムただ一人(エンジェルもまた、エミネムと同じデトロイトの出身)。同じく今年発表されたミクステ『CLASSICK』では、エミネムの"Cleaning Out My Closet"をビートジャックし、彼女の痛ましい経験を吐露している。
幼いエンジェルを苦しめた出来事だが、彼女をそんな状況下に置いたのは、間違い無く彼女の実母だ。エミネムもまた、同曲では実母に対する激しい憎悪をラップしているが、それをエンジェル流に見事書き換えた。曰く、この曲は「これまでで一番正直な曲」だとか。
何故、こんなに痛ましい事実までラップするんだろう。
それは、「世の中に対して正直になるほど、世間からリスペクトされる」という彼女の持論に基づく。また、この曲に関しては「同じような経験をしている子供たちに聴いてほしい。虐待される子供は、自殺してしまうかドラッグに溺れてしまうかのどちらか。自分の本当の強さを知らないままでいる。でも、この曲を聴いて自分の強さを知ってほしい」とも。
本名はレイキーア・ウィルソン。エミネムとスリム・シェイディの関係さながら、レイキーアにとって<エンジェル・ヘイズ>とは、彼女がラップをするために産み出したもう一人の自分。レイキーアによると、「あたしが出来ないことも、エンジェルはやってのけるのよ」とのことだ。
セクシャルでマテリアリスティックな表現が巧みで、ワードプレイの上手な女性アーティストは沢山いるし、これまでにもそんな先人たちが「フィメール・ラッパーの道」を築いてきた。
だけど、女性として生きることの辛さや、虐待を受けてきた子供の視点から、彼らが抱える闇をラップしてきた女性MCは少ないだろう。
何故って、そんなトピックでラップするってことは、自分の弱い部分を曝け出すことになるから。
でも、エンジェル・ヘイズのラップは、その痛々しいリリックの中に圧倒的な「強さ」を孕んでいるのだ。
※こちらに、エンジェル・ヘイズ"Cleaning Out My Closet"の歌詞対訳を載せています。
シリアスな表現が続くので、とくに男性は閲覧注意。強くなりたい女性は是非目を通してみて下さい。
そして、彼女のときに無機質なラップは、ジェンダーや環境を越えて心に響くものがある。
それは、彼女のラップからは万国の人間が共通して抱える孤独や寂しさを感じるからじゃないのかな。
この曲では「I run New York」と言ってるエンジェルだけど、ジェイ・Zのソレとは全く別で、何かから逃げている、夢中で都会を走り抜けているエンジェルの姿が浮かぶ。


と、固くなってしまいましたが、何故私がエンジェル・ヘイズを好きかってもう一つの理由に、彼女はモーレツなアリーヤ・フォロワーだからってのがある。
『Reservation』でもアリーヤの"Hot Like Fire"をサンプリングしているけど、なるほど、最近のエンジェル・ヘイズのアーティスト写真は前髪を右サイドに流してるものが多い。上に貼ったアー写も、アリーヤを髣髴とさせるよね。これは、間違いなくアリーヤが確立させた「右目隠しの法則」をレペゼンしていると断言してよかろう。
どうでもいいけど、私も「右目隠しの法則」に倣って、前髪は常に右サイドに流しているんですよ。
でもってキロ・キッシュタソと同じく、エンジェルもブルックリン住まい。アリーヤも、もともとはブルックリン生まれ。ブルックリン・ネットワークの妙よ!

というわけで、全然まとまりないですが、2013年も強い女性たちの活躍を望みます。
こんな風に多彩なフィメール・アーティストがヒップホップシーンで活躍出来たのも、全てはニッキー・ミナージュがその受け皿をググっと色んな方向に広げてくれたお陰!?とも思うし…。
(ポップ・フィールドからゲイ・フィールドまで。事実、アゼリア・バンクスなんかはゲイ・ラッパーのゼブラ・カッツとともにツアーを廻ってるし、エンジェルだってレズビアンを公言している)
でもってニキちゃんと言えば、今年、私は念願の(!)対面インタヴューを果たすことも出来たし、実りの多い一年となりました。
感謝です。

じゃあまたねー。


【対訳】エンジェル・ヘイズ "Cleaning Out My Closet"

エンジェル・ヘイズ
"Cleaning Out My Closet"

from mixtape "CLASSICK"



※下記、対訳歌詞のネット上の転載は自由としますが、その際には一言メールでもコメントでも下さる様、お願いします。
※転載の際は当ブログのアドレスも明記下さい。


イントロ:
ちょっとパーソナルすぎるかしら
もしくは露骨な描写が多いかも
聴くには親の許可が必要だと思うわ

ヴァース1:
10歳のとき、私は空を飛べるって信じてたの
両手を広げて、空に近づこうとしていたの
胸の中では神様とおしゃべりする姿を描いてた
でも、私は神様の腕を切り落として打ち負かしてやったわ
これは自分の胸の中で起こっていた葛藤のごく一部
さあ、今からあんた達を過去の世界に連れていくわよ
時間が渦を巻いて逆戻りしていく
あれは私が7歳のとき
階段の隅っこにいるのが見えるかしら
固く誓うわよ、これは真実の出来事
フェイクなんて一切ないわ
私はまだ小さかったの、幼児といえるくらいの子供だった
あたしにそんなことをしたのはアイツだけじゃなかったけど
でもアイツは私を地下に連れていって明かりを消した
アイツは自分のモノを引っ張り出してむりやり私の中に突き立てた

気持ち悪くて正気を失いそうだった
そのあとも百万回くらい続いたわ
周りにチクったって、あいつらは私のことを嘘付き呼ばわり
灯台の光が私を捕らえるように、あいつの力が私をねじ伏せた
でも、そんな行為にも慣れちゃった
まるで火山のように憎しみが噴火してる
でもそんなのあいつには関係なかったみたい
あいつは自分の友達を誘って
私を食い散らかした
まるでそいつら二人のビュッフェ料理みたいに

そのあと、私の家でも同じことが起こるようになった
でもあいつらは何もせずに、自分の若さのせいにするだけ
ごめんね、ママ
でも全部ママのせいよ
あのとき何をすべきか分からなかったあんたのせいだわ

だんだん回数が増えてきて、あいつはエスカレートしていった
私は以前に増して怖がるようになったわ
ある夜、私がベッドで寝ているとあいつが帰ってきた
私の上にまたがると脚の間にアレを突っ込んできたの
「おい、お前の好きなアイスキャンディーだぜ
口に突っ込んでやるから出したモノは全部飲み込めよ」
混乱してとても怖くなったけど
意味が分からずにその通りにした
飲み込んだからって身体に変化はなかったけど
どうやら私の心の中には変化があったようね
心臓は動悸がして、とてつもない恐怖でガタガタと震えてるみたいだった
想像してみてちょうだい
まだ7歳なのに、自分の下着の中に残った男の精液を見てしまったら、って
下品なことだって分かってた
お尻から血を流してしまうことさえあった
気持ち悪いって?
そのときの気持ちをあんたにも思い知らせてやるわ

自殺して、あいつらも殺してやろうかと思ったわ
レンガを抱えてあいつらの歯を肝臓に埋めるまで殴ってやりたかった
世界中を打ち砕いて、のこった地面は燃やし尽くしてやりたかった
めちゃくちゃにして自分の心さえも踏みにじってやりたかった

大人になってそいつらとは距離をおいた
でも私自身の傷口からは離れられないまま
実際に私の身体は「ヤラれちゃった」ままだもの
自分のことが怖かった
自分のことなんて愛せなかった
自分のことが嫌い、って気づいたのは人生の分かれ道だった
だったら他の誰かになろうって決めたの
セクシャリティを意識するのが怖かった
極度の男性恐怖症だったから
女の子を好きになればいいんだって思ったの
私は拒食症でガリガリ
健康状態もボロボロだった
誰にも好かれたくなかったし、魅力だって無い
自分ひとりの世界が好きだった
でも身体に刻まれた全ての傷には意味がある
私には子供時代なんて無かったも同じ
だからこんな風に育ったの
私の精神状態はいつも時代遅れ
知っていることといえば、これくらいかしら

一番大きな問題は「恐怖」よ
そして恐怖に取り付かれたときの自分も問題だわ
走って逃げたくなる
隠れたくなる
真実に向き合うのが怖くなる
私はもう狂ってはいない、あのときのままじゃない
今の私は正気よ おかしくなったとしても、あのときの自分とは違うわ
自分の問題に向き合わなきゃ
真実から目を背けてはダメ
成長したいなら自分のルーツを見つめなきゃ
死ぬことなんて考えないで
自分のことを誇りに思えるよう
今、私はここに立って、生きて、息をしている
ほら、見てみて
全てを乗り越えたのよ
まるであんたはピエロみたい
自分の尊さに気づいたら、あんたを憎むことすらバカみたい
ほら、見てみなさいよ

今、底辺よりもずっと高いところで話してるの
強くなって
そして前に進んでちょうだい
自分に出来ることを信じるの
そうすれば、あなたの物語のエンディングもずっとマシになるわ

アウトロ:
これが私の身体の傷跡に隠されたストーリー
私は切り抜けてきたわ
今は新しい私
自分の傷口を開かなきゃいけなかった
傷口から流れる血を止めるのは私自身
クローゼットの整理に付き合ってくれてありがとう
傷口から流れる血を止めるのは私自身
クローゼットの整理に付き合ってくれてありがとう